この夏はTVで‘北京’を見よう
スポーツの祭典・北京オリンピック特集

この選手にも注目!!

法華津寛
【日本・馬場馬術・男子団体】

史上最高齢の五輪選手の挑戦はいかに!?

史上最高齢の五輪選手が法華津寛だ。67歳で北京五輪の馬場馬術団体に出場し、メダルを狙う。日本のエースとして参加する法華津は、88年ソウル五輪馬術代表だった井上喜久子さんの63歳を4歳上回る日本最高齢での出場になる。実は44年前、1964年の東京五輪で、23歳で出場した障害飛越個人では40位、同団体12位だった。その後は馬場馬術に転向し、84年のロス五輪はついに「ほけつ」になり、名実ともに・・・。が、86年のアジア競技大会では馬場馬術個人、団体とも2位に。88年のソウル五輪では出場権は確保したものの、愛馬が出国検疫でウイルス陽性反応を示したため輸送が不可能になり、出場を断念した。以後は実業家だったが、五輪への再挑戦を決意し、2003年からは単身、ドイツ・アーヘンで馬術の修業に明け暮れていたという。

姓の法華津氏は、戦国時代は宇和の西園寺氏の臣下で、四国・伊予国南部で活躍し、豊後の大友氏を撃破したとか。妻は北条時宗の子孫。67歳にして五輪出場する法華津氏の不屈の闘志は先祖の勇猛魂か。北京五輪は44年ぶりの大舞台で、「自分超え」を目標に掲げている。五輪本番の馬術競技は香港開催。通常、馬術が開催されない猛暑の時期だけに馬術歴50年以上の経験と勘が生きる可能性は十分だ。

廣田遥
【日本・トランポリン】

全日本7連覇達成・・・廣田の夢が北京で花開くか?

国内では全日本7連覇を達成し、北京オリンピックでメダルも夢じゃないのが廣田遥(24)だ。トランポリンとの出合いは、小学校6年生の春休みにオーストラリアへ短期留学したとき。ホームステイ先にあったトランポリンで空中遊泳にはまったのがきっかけで、帰国後、大阪トランポリンクラブに入門し、12歳で競技として始めた。クラブの岩下由利子の指導の下で着実に力をつけてきた。2004年開催のアテネオリンピックでは代表に選ばれ、堂々の7位入賞。シドニーオリンピックの古章子に続く日本人女子選手としてのオリンピック入賞を果たした。2006年アジア大会(ドーハ)では、女子個人総合で4位に入賞した。

国内では敵なし。高校2年から全日本選手権を7連覇するなど、目覚ましい活躍を見せ、北京オリンピックではメダル獲得の有力候補だろう。2008年4月の北京オリンピック代表選考会1次予選ではライバルの半本ひろみに次ぐ2位、6月1日の最終選考会で1位通過し、アテネに続く2大会連続のオリンピック出場を決めた。尊敬する人は、アメリカ大リーガーの「イチロー選手」。身長156センチ、48キロの廣田が空中で華麗に舞って、夢が花開くか。

千葉香織
【日本・ホッケー】

‘さくらジャパン’の戦いに注目!!

ホッケー日本女子代表‘さくらジャパン’は、06年のアジア大会で銀メダルを獲得し、2大会連続のオリンピック出場権をつかんだ。勝てば五輪出場が決まる試合で、4得点を挙げたのがFWの千葉香織(27)。北京でもポイントゲッターとして期待を集めている。'81年に山梨・南アルプス市(旧白根町)に生まれた千葉は、小学校5年のとき、地元が国体の会場になったのをきっかにホッケーを始め、巨摩高から山梨学院大を経てソニー一宮へ。04年には日本代表としてアテネ大会に出場した。このときはチーム自体が五輪初経験だったこともあって力を出し切れず、千葉も無得点に終わった。だがその悔しさをバネに成長して、06年のW杯では得点ランク4位の活躍で5位入賞に貢献。国際ホッケー連盟が選ぶ世界オールスターチームの18人に選ばれた。さらに07年7月から世界最高峰といわれるオランダリーグに参加し、1年間の武者修業で技と力を磨いた。

日本代表は5月に、世界ランク上位6カ国で行われたチャンピオンズトロフィー大会に出場。結果は1勝1分4敗だったが、1勝は世界チャンピオンのオランダから挙げた価値あるもの。そして、この試合で決勝ゴールを決めたのが千葉だった。オランダでの経験は確実に‘養分’になっている。千葉が、そしてさくらジャパンが真夏の北京で大輪の花を咲かせるか。