- Vol.103
- 「ありがとう!!」そういえば、アリスの時谷村新司さんも叫んでいたけど・・・今回のありがとうは・・・
「ありがとう」という、何気ないたった一言で、それ迄の苦労や努力が途端にむくわれた様になったりすることって・・・ごくたまにあったりしません?
妻から夫に「ありがとう」子から親に「ありがとう」逆に親から子に「ありがとう」時には上司から部下に「ありがとう」ウ~ン、「ありがとう」ってやっぱいい言葉なのだ。 では、ここで問題です。日本で1番この「ありがとう」の言葉を言っているのは誰でしょう? ちなみに、気のイイ近所の八百屋のご主人や魚屋のオカミさんという意見もあるでしょうが、ま、一応ここは、世の中の多くの人が知っているという設定にさせて下さい。
まず、かなり多数の人が思い浮かべるのが‘70年から、TBS系で放送していたドラマ『ありがとう』ではないでしょうか? これはシリーズで、水前寺清子さんが、婦人警官、看護婦、魚屋(婦人警官~看護婦という流れは、どこか分かるような気もしますが、何故3作目が突然魚屋なのか? 35年過ぎた現在大きな疑問を抱いてしまったのだ)となり恋人の(?)石坂浩二さんとの淡いラブストーリーにもなっていたのです。このドラマは、民放ドラマ最高視聴率の56.3%ということなので、まさに「ありがとう」と関係者が連呼していたことでしょう。
また、この「ありがとう」を芸名にしていた人もいます。‘72年若者文化ともなった夕方の番組『ぎんざNOW』(この番組からは矢沢永吉=当時キャロルや清水健太郎という色々な世界の大物(?)も誕生しているのです)の『素人コメディアン道場』から生まれた、『ありがとうの小林くん』がその人です。ポッチャリとした顔は、まさにありがとうそのものだったのです。
でも、俺の考える日本一のありがとうは、別の人なのです。では、その人の口調で答えをお伝えしましょう。「日本一のありがとうはTBSのドラマでしょうか? いえ、そんなことはありません。では、ありがとうの小林くんでしょうか? いえ、そんなこともありません! 実は、その人スゴいんです。スゴいんです。何がスゴいというとラジオの『ありがとう浜村淳です』(MBS月~土)を、何と35年も毎日(日曜日は別の番組をやっている)2時間半もやっているのです。しかも年末や夏休み企画で番組が休みの時は、そのリスナーの人達と海外ツアーのイベントに出かけるんです」浜村淳さんて、どれだけ「ありがとう」な訳・・・。ただただ頭の下がる思いなのです。

ダンカン

- 1959(昭和34)年、埼玉県生まれ。落語家を志し、立川流に入門するも、その後TVの世界へ。ビートたけしの下で、たけし軍団の一員として活躍する。タレントとしての活躍に加えて、’98年には映画「生きない」で脚本・主演。’05年「七人の弔」では監督にも挑戦し、高い評価を得る。ほか、執筆や構成作家としても活躍中。大の阪神タイガースファンとしても知られている。
公式HP http://www008.upp.so-net.ne.jp/dankan/


